ドイツパンに秘められた、とっても素敵なお話を皆様にお届け致します。
ドイツパンに息づくあったかい心といのち、そして生きる喜びをあなたに。
そびえるアルプスの山々、緑の森、なだらかな草原、そして湖・・・・・。
ここは美しい南ドイツ。そこに、仲のいい家族が住んでいました。
お父さんと子どもたちはいつも畑に出て、朝から夜まで働きました。
お母さんは家で料理を作り、パンを焼いてみんなに食べさせていました。
お母さんの料理も、パンも、なんとそのおいしいこと!
子どもたちのひとりに、フリーダーという男の子がいました。
彼は畑で働くことよりも、お母さんのパン作りを手伝うことに夢中になってしまったのです。
来る日も来る日も、フリーダーはパンの粉をこね、いろいろなかたちに作っては、それを焼きました。
「おまえの焼くパンはたいしたものだ」ある日、お父さんが言いました。
「修道院でもっと修行するがいい。きっとりっぱなパン焼きになるにちがいない。」
フリーダーは、修道院で、パンを作ることになりました。
お母さんのパンの美味しい作り方に修道院に伝わる昔からの方法が加わってフリーダーはパン作りがほんとに上手になりました。
でもフリーダーは、とってもいたずら好きでした。
修道院って、いたずらをするにはとっても面白いところですよね。
だからフリーダーは、あるとき焼いたパンにこっそりと一匹のねずみをかくしたのです。
「わ!」パンからねずみがとびだしたとき院長さんはほんとにびっくりしました。
それを見て、フリーダーはくすくす笑いました。
修道院の食堂では、みんなが集まって、静かなお食事です。
フリーダーはこっそりとしのびよると、僧衣のすそを、しっかりと椅子に結びつけてまわりました。
どたん!ばたん!
食事が終わって立ち上がったとき、あちらでもこちらでも、みなが転びました。
フリーダーはそれを見て大笑い。
だけど、こんどは無事に済むはずはありませんよね。
そうです。とうとうフリーダーは、きついお叱りを受けて、修道院を追い出されてしまいました。
「弱ったな。どうしよう。」
そんなとき、フリーダーの前を王子様に率いられた鹿狩りの一団が通り過ぎました。
犬の吠え声。
勇ましい角笛のひびき。
その王子様は年も若く、りりしくてとってもすてきでした。
そのころドイツは小さな王国にわかれていてそれぞれに王様がいたのです。
そうだ、この王子様のそばでパンを焼こう。
フリーダーは、その後をつけていきました。
やがて、お城のあるウラッハというかわいい町で、
フリーダーはパン屋を始めました。
フリーダーが焼くのですもの、おいしくないはずはありません。
たちまち評判になって、売れに売れました。
王子様も、フリーダーのパンを、喜んで食べました。
その王子様が、遠くまで遠征に行くことになりました。
フリーダーは、王子様に願って言いました。
「どこまでもごいっしょに行きたいのです。
私にパンを焼かせてください!」
「いっしょに行くというのか。エルサレムまでだよ。2年もかかるよ。よければついてくるがよい」。
その2年のあいだ、フリーダーはけんめいにパンを焼きました。
行く先々の国の、おいしいごちそうや新しいパンの作り方をどんどんとりいれて、王子様に喜ばれました。
そしていつしか、ふたりはすっかり仲のいい友達になっていました。
2年後に南ドイツに戻った王子様は、イタリーで見つけた美しいお姫様と結婚し、王様となりました。
結婚式の日、ふしぎなことに、街角の泉から本物の葡萄酒が涌き出たのです。
人々は大喜びで新しい王様の結婚を祝いました。
新しい王様は「ひげのエバハート」と言われ、人々に愛されました。
フリーダーもまた、その街で一番かわいいすてきな女の子をお嫁さんにもらいました。
フリーダーのパン屋は王室御用達になって大繁盛。
みんなとっても幸せでした。
しかしその幸せも長く続きませんでした。
フリーダーはついうっかりと王様の旅先での行状を王妃様にばらして、悪口を言ってしまったのです。
王様は、怒りました。「おまえは、死刑だ」。
むかしの王様って、短気だったのですね。
フリーダーは、いまでは牢屋につながれる身。
いつ、死刑になるか、わかりません。
不安と、後悔が身をさいなみます。
足もとには、ねずみが寄ってきます。
「元気をだしなよ。あのいたずらっこのお前らしくないじゃないか」。
だけどこのとき、フリーダーのかわいい奥さんは、いそぎ足で王宮に向かっていたのです。
「王様、お助けください!私の愛する主人のいのちを、 どうかお救いください!
王様のためにあんなに一生懸命、おいしいパンを作ったではありませんか!
あんなに仲良くしてくだっさったではありませんか!
主人が死んでしまったら、だれがおいしいパンを作るのですか?」
王様は、実にとっくに後悔していたのです。
一時の怒りにわれを忘れるなんて、仲のいいフリーダーを死刑にするなんて、それに、あのおいしいパンを食べられなくなるなんて、と。
しかし王様ともなれば、いちど出した命令を、そうかんたんに取り消すわけには いきません。
そんなことをすれば、国中がめちゃくちゃになってしまいますものね。
考えたすえに、王様は言いました。
「太陽の光を通す三つの穴を持つパンを、3日のうちに作ってみよ。
そうすれば、彼のいのちをたすけよう」。
二人は力を合わせ、パン粉をこねてはこわし、こねてはこわし、夜も寝ないであらゆることをやってみました。
でも、考えても、考えても、どうすれば「太陽の光を通す三つの穴を持つパン」ができるのかそれが分かりません。
やがて一日がたち、二日がたちました。
追いつめられたふたりの目はおちくぼみ頬はげっそり痩せてしまいました。
二十度、いえ、三十度、四十度の試みがすべて失敗したとき、ふたりはすっかり絶望して床に座り込んで涙を流していました。
そしてふたりは、しぜんに神様に祈っていたのです。
「神様、私たちには、人間には、できません。
どうか、あなたさまがお作りになってください」と。
ふたりは気をとりなおして立ち上がりました。
フリーダーが目をあげると、かわいい奥さんが腕組みをして立っていました。
腕組みをして・・・・。
「これだ!」 フリーダーは、飛びあがりました。
やっと、解答が見つかったのです。
「太陽の光を通す三つの穴を持つパン」を作る解答が。
神様は、きっと、この地上にすてきなパンを贈るために、このふたりを試みにあわせられたのですね。
パン生地をのばす。そして、くるりとまるめて両端をくるんでとめる。
そうとわかってみれば、なんでもないことだったのです。
しかし、このかたちができた時には三日目の昼まえになっていました。
もう時間はありません。ふたりは大あわてでこの新しいパン作りにはげみました。
そして、やっとのことでパンを釜にいれて焼く台に並べたとき・・・・
あっ!
かわいい猫ちゃんが、台の上に!
そして台をひっくりかえしてしまった!
ああ、せっかくのパンが次々と下の桶の中に・・・。
その桶は、ラウゲ、つまりベーキング・ソーダでいっぱいだったのです。
どうしよう?
しかし、もう一度つくりなおしているひまはありません。
ぼうぜんとしているフリーダーに、かわいい奥さんは言いました。
「あなた、このまま、焼きましょう!」
ラウゲのせいで、パンには褐色の美しい色がつきました。
さっくりした皮に、にっこり笑ったような割れ目が走っています。
かわいい奥さんはちょっと考えて、その上にパラリと塩をふりかけました。
「さあ、王様のところへ、早く!」
王様は新しいパンを手にとると、太陽にすかしてみました。
パンの3つの穴からたしかに太陽の光がもれてきます。
その美しいこと!
パンを折って、そのかけらを一口食べた王様は、おもわずにっこりしてしまいました。
王妃様も一口食べて、にっこりしました
王様は言いました。
「これと同じパンを、できるだけたくさん、明日の朝までに作ってもってくるように」。
パン焼き釜の前で、ふたりはひしと抱き合いました。
次から次へと、涙があふれ出ます。
だって、明日の朝まで、ということは、もう、死刑がなくなったことですものね。
パン焼き釜の前で、ふたりはひしと抱き合いました。
見てください。抱き合ったふたりの腕こそ、ほれ、あのパンのかたち。
両端を組みあわせた、あのパンのかたち!
王様と王妃様は新しいパンの山を前にして大喜びです。
王様は「なんという名前のパンなのかね?」とフリーダーにたずねました。
「わかりません。パンができなくてお祈りしたとき家内の『組んでいる腕のかたち』が見えました。そしてお許しいただいたとき私たちは 『抱き合って』泣きました」。
これを聞かれた王妃様はラテン語で「Bracchia・・・・・(組んだ腕の意味)」とつぶやきました。
それを聞いた王様はすぐ「ドイツ語ではein Brazula、どうだ!このパンの名はBrezel(ブレッツェル)だ!」
こうしてドイツの代表的なパン、ブレッツェルが生まれたのです。
いまでは、この王様も、美しい王妃様も、パン屋のフリーダーも、そのかわいい奥さんも、この世にはいません。
でも、こうして生まれたブレッツェルは、今日もドイツの町々で作られ、売られています。
しかし、本物のブレッツェルは、もう、ドイツでもめったにお目にかかれません。
かたちは似ていてもどこか違うのです。
リンデのお店で作り、そして売っているのは、南ドイツに伝わる正統のブレッツェル。
その製法は、ドイツ一のマイスター、パン作りの名人によって今に伝えられたものです。
ドイツより美味しいと、言われています。
あなたもリンデのブレッツェルを食べるときには、ちょっとお陽様に透かしてみてください。
そして、フリーダーと王様のお話を思い出してくださいね。